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アニメ『Angel Beats!』最終回によせて

 2010-06-27
ブログ更新を放置してはや1年ちょっと。
一番の理由は「いちいち感想かくのが面倒」だから。
それだけ熱意がなかった、とも言えるのかも。
ただ、こればっかりは書きたかったので久々に更新。
そういう点では、大いに盛り上げてくれたのかな、この作品は
まあこんな感じなので、この記事が盛大なアンチであることはご理解いただきたく。
少なくとも好意的に見ていた方々にはキツイと思うので、"戻る"ボタンでお帰りを。
仮に気分を害されても責任取れないです。
警告はしましたので。

・・・。
まあ色々言いたいことはありますが、小さいものから行こうかと。

1.理屈で動かないキャラ
 これは1話時点で感じてたこと。
 余談ですが、1話時点では「地雷くせーな」と思いましたよ。
 その後は「意外に面白くなりそー」となって、直井メイン回が最高潮。
 それからユイ編に入り盛り下がって、最終話に来て絶望と怒りに。
 閑話休題。

 1話時点では、この世界では”真面目に生きてると存在を消される”
 ゆりっぺさんは言ってました。
 そもそもそこからして違和感を感じるべきだとは思わんでしょうか。
 元締めが天使だったとしても、御しやすいのは”真面目で従順”な方でしょうに。
 普通は扱いにくい奴から順に消すだろうと。

 まあそれを無理に受け入れるとしても、誰も例を示さないから余計に違和感。
 音無、『それは本当なのか』くらい言ってもよかったと思うんだけど。
 『~が消されるのを見た』ってセリフ一つだけでも、この印象は変わったかと。
 実際に起きた現象なら、まあそうなんだろうな、という具合に。

 ぶっちゃけ、設定として裏があるのがこの時点で見え見えなわけです。
 この辺はもうちょっと上手く誤魔化すか、別な理屈を考えるべきだったかと。
 そういう点では、むしろ筋書きの無能さのせいなんだよな。

 もう一点、気になったのは”天使(奏)が普通の人間だった”と明かされたシーン。
 当然、奏にも残した無念があって、『お前も色々抱えてるんだな』と音無も言ってた。
 そこまで言うなら、”それはどんな無念?”と聞きたいだろうに。というか気にしろ
 ”デリケートな問題だから迂闊に聞けない”という反論もあり得るでしょう。
 ならせめて「今は聞くのはやめておこう」くらいでもいい。
 なのに、これに一切触れないのは・・・ねえ。

 ・・・たぶんこの先もこんなテンションなので、気分悪い人は本当に読むのやめてください。
 熱心なアンチの方、ファンでも酷評に耐えられる自負のある人だけお願いします。

 まあ、自分が的確に酷評してるかと言えば怪しいですが。
 以下続きます。


2.設定の矛盾
 これは最終話に関して。
 音無は死後の世界に来た時、心臓がなかったと明かされた。①
 あと、ユイに関して。
 生前、四肢が不自由(もしくは下半身不随意?)だったユイは健常状態で死後の世界にいた。②

 これは明らかに矛盾してるか、どっちかを特別扱いする設定でもないと成立しない。
 十中八九、前者くさいしご都合主義っぽい、というのが印象なんだけど・・・。
 無理やりにでもまとめたかったんだね。

 他にも矛盾はありそうだけどそのへんの指摘は他サイト様にお任せします。

3.見えない"作品テーマ"と、盛大に謳われた"人生賛歌"
 結局、これが一番大きい理由なのかもしれない。
 番組開始前の事前告知で、「これは史上最大の人生賛歌である」として、
 いわば鳴り物的に始まったこの作品。
 "人生賛歌"というからには、人生の価値というものを何らかの形で提示するかと思ってた。
 それはゆりっぺ達に対して、ひいては僕ら視聴者に対して。

 ところが蓋を開けてみるとどうか。
 生きてきた人生とか、未練のある死を受け入れられたのは数人。
 岩沢、直井、奏くらいか。
 「いやいやユイにゃんとかゆりっぺがいるだろう」という意見もあるでしょう。
 実際、この二人(ひいては自ら成仏を選択したSSSメンバー)は、
 ”自分の死を受け入れたわけじゃない”と思う。
 ただなんとなく「生前に過ごせなかった青春を味わえて満足した。だからいいや」って
 消えていっただけ。
 言ってみれば、過去はとりあえず忘れてしまおう、というもの。
 これがどうして生きる喜びであり人生賛歌につながるのか、正直いって理解できない。

 巷では(ネットだけどね)「感動した」の嵐でいっぱいだったユイ編。
 僕はどうしても理解できなかった。
 生前は寝たきりで一人じゃ何もできなかった、だけどここでは野球もしてサッカーもして、
 結婚しようって言ってくれた人(日向)もいる、だから満足、ってのがどうにも。
 それなら、生前のユイの生きた意味ってどこにあるの?
 「たとえ身体が動かなくたって、きっと好きになってた」的なことを日向は言ってた。
 正直、こっちとしてもそれを頼りに脳内補完するしかなかった。
 ユイの性格とか笑顔が、きっと周囲に影響を与えてたんだろうな、と。
 ただ、これが現実にならないと、日向の言葉は限りなく薄っぺらい。
 二人が成仏して転生して、同じような境遇で"約束を果たす"シーンがないと。
 余談だけど、「女の最大の幸せ=結婚」って今時どうなの?

 もう一人、メインヒロインのようでいて割と空気だった(笑)ゆりっぺ。
 彼女は不条理な死を受け入れたか、それは否だと思う。
 生前に弟妹たちを守れなかった。
 翻って今はSSSのみんなが同じくらい大事だって気づいた。
 筋書き上は、弟妹のほうから「今までありがとう。もういいんだよ」って言ってくれる。
 あれだけ「不条理な死に抗う」といってたのはどうなったの?
 まあ、盛大に棚上げしてるのは明らかですが。
 「人生は人に一つしかない、たった一度のもの」と12話で言ってるゆりっぺ。
 ならなおさら、彼女の無念は消えないはずでは・・・。
 無理に理解しようとするなら、「不条理な死はさておき、弟妹への責任感」だったのか。
 どっちにしても、やっぱり人生賛歌のメッセージは見えづらい。

 作品から抱く印象は人それぞれ。
 だけど、この『Angel Beats!』から何がしかを読み取れた人はどれくらいいるのだろう・・・。
 『これからも、ここに残って生きる喜びを教えたい』(by音無、13話)がそれっぽい。
 ただ、よくよく考えると、生きる意欲のなかった奴は誰もいなかった。
 強いて言えば直井くらいか。(人生=兄の代役と思ってたからね)
 過ごしたくても過ごせなかった青春。
 それを味わいたいがために"死後の世界"に来てるのであって、
 『生きることに意味なんてない』んだったらそもそも未練もなく、あの世界には来ない。
 死を受け入れさせ、それぞれの人生に価値を見出させてやって成仏させるのが、
 いつの間にか、生きることって素晴らしいということを説くことにすり替えられた。
 「生きたくても生きれなかったんだよ」っていうのに。
 『お前の人生だって、本物だったはずだろう!?』(by音無)は個人的にかなり重かった。
 直井が惚れるのも分かるし、これをみんなに伝えるのかこの作品の方向性だと思った。
 ただ、生きた時間があまりに短いであろうゆり(子供だったし)に、何を為したか、
 誰に影響を与えたかなんて説きようがないと思ってたので、
 この辺はかなり期待してたのが正直なところ。
 ところがどっこい、何も解答を与えずに終わってしまったよ。

 ちなみにもう僕の人生観めいたものだけど。
 目に見えて何かを為した、何かを形に残せた人だけに価値があるとは思ってません。
 誰かと繋がってる以上、きっと影響を与えたでしょう。
 ささいなことでも、救われた人だっていたかもしれない。
 そんな小さいことでも、その人の価値だろうと僕は思う。
 それだけでも、あなたの人生にはきっと価値があるんだよって。
 その方がストレートに人生賛歌として纏まったんじゃないかなあ。

 個人的に、"死後の世界"設定は失敗だったんだと思う。
 むしろ、"生きることに疲れた人が一時的に迷い込む世界"であればよかった。
 諦めかけた人生に意味を見つけて、元の世界に戻っていく。
 厨二っぽいかもだけど、その方が分かりやすいでしょう。
 生きる意味、それは誰しも答えを得たいであろう問題なわけだし。

まあ主に言いたいのはこんなところなので、あとはおまけ。
・『心残りは皆を成仏させること』→『奏には傍にいてほしい』
 言わずもがな主人公にして死神の音無さん。
 勝手すぎるだろ。
 成仏ターゲットにユイを選んだときの軽さ、『次は誰にすっかな』の名言は
 各所で突っ込まれてるので、あえて言及はしません。
 そういえばエピローグで、転生した奏と音無がいますが。
 音無は最終的にあの世界から成仏したってことか。
 『この世界に残って~』はどうしたんだよ。
 それも奏がいなければただの口実か。
・『奏のことが好きだ』『私はただ"ありがとう"が言いたくてここにいる』
 奏はドライでしたね(笑)
 奏から好きという言葉が一度も出なかったというのは違う意味で泣ける。




・・・まあこんなとこです。書いてて疲れた。
構想にかなり時間をかけて準備してきたのにこのザマはどうなのよ。
まあ脚本を担当された麻枝氏が
『話作るのにプロット作らない』
というのが公式に明かされてるので、
破綻は起こるべくして起こったのだろうが。
仮にもエロゲライターなんだし、ゲームとは違うアニメ畑だからってこの理屈は通用しないでしょ。
なのにしっかりグッズの売り上げは出てる、これがなにより悔しい
ええ、こんな延々と批判記事書いたのも、感動できなかった、泣けなかった、
そんな自分が悔しい
から(爆)
確かに人より感受性は薄いし素直じゃない人間だってのは自覚もしてる。
ただ、CLANNADの朋也と親父の和解は泣けたんだよ。
ABは整合性が取れてないのが堅牢な防波堤になってるから泣けないんだよ。

と思ってるうちに気付いたけど、一時期の"感動ブーム"批判に通じるんですね。
結局、感動できる自分・泣ける自分に酔ってるだけのこと。
それはCLANNADで泣いた自分にも言えるんだけど。
音無さん、CLANNADで両親のことを考えて泣いた僕の思いは本物なんでしょうか?



そろそろ締めにしたいと思います。
駄文長文で申し訳ないです。
ここまで飽きずに読んでくれた方には無上の感謝を。
ご意見・ご感想などありましたらお聞かせいただけると嬉しいです。
『ABで泣けないなんて非国民だ』『アンチ氏ね(or死ね)』的なのは
ちょっと困りますけど。
僕も『なんとなく嫌い』ではないのでなるべく理屈で批判したわけだし。
感動できたなら『何に感動したか』はぜひ教えてほしいです。
僕がアンチに凝り固まって見えなかったものがあるかもしれないですし。

それでは本当にこの辺で失礼します。

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